家族奮闘の物語、実を結ぶ イケダ家3世代が繋いだ果物店

イケダズを経営する(左から)デレクさん、グレンさん、スティーブさん、ブレンディンさん(写真提供=ブランドン・ミヤサキさん)


カリフォルニア州オーバーン(サクラメントから北東へ約50キロ)で、日系2世の故サム・イケダさんが築いたイケダズ・カリフォルニア・カントリーマーケット&パイショップ。サムさんの妻サリーさん(91)、息子のグレンさん(60)とスティーブさん(58)、そして4人の孫たちが切り盛りする店内には絶品の桃や様々なフルーツパイのほか、サーモンステーキ、ワイン、サルサなどが並ぶ。新鮮な果物と野菜は自前の畑から。14種のハーブとスパイスを使ったハンバーガーは50年前から変わらない。

オーバーン店のサイン(写真提供=ブランドン・ミヤサキさん)

第2次世界大戦中、サムさんは14歳で、サリーさんは12歳で2万9000人の日系人とともにトゥーリーレイクに強制収容された。2人はペンリンのプレイサー仏教会で出会い、高校卒業後、家族やほかの収容者とともにアイダホ州でジャガイモ収穫に従事した。

過酷な労働を経てサムさんはオーバーンに土地を購入。努力の末、エルバータ桃を見つけ、道端のスタンドで売り始めた。経験豊かなエベレット・ギブソンさんから多くを学び、国道40号線沿いに共同でフルーツスタンドを開業した。

50年代後半に州間高速道路80号線が国道40号線に取って代わると、店の先行きを考えサリーさんは働いていた銀行から融資を受けた。72年に現在の店を開業。最高の桃を求め7年間無休で朝5時から夜9時まで働いた。化学肥料は使わず、点滴灌漑を導入し水はかなり少量に。桃はより甘く、風味豊かに育った。作りすぎた桃はパイに。サムさんと同じように今でも自分たちの手で皮をむき、パイを作る。

「父は頑固で、勤勉で、私たちをあまりほめることもなかった。人生の厳しさを教えていたのでしょう」とグレンさん。サムさんは人と社会には優しく、嫌うのは怠惰だけだった。

オーバーン店に並ぶ新鮮野菜や果物(写真提供=ブランドン・ミヤサキさん)

夫妻は戦中にアメリカ市民にもかかわらず受けた不当な扱いを決して忘れなかった。88年にそれぞれ賠償金2万ドルを得たが、当時のレーガン大統領に望んだことは、このようなことが二度と起こらないように謝罪することだった。

19年に亡くなったサムさんの労働倫理は家族の中に生き続ける。「引退したいところですが、景気変動に耐えうる店を作らないと」とグレンさん。コロナ禍でレストランが閉店を余儀なくされても店は営業を続け、従業員90人に給料を支払うことができた。新店舗の開業も考えている。

サリーさんは今でも売り場でTシャツを畳んでいる。「父母はリスクを冒し、ゼロからすべてを始めた。冒険物語のヒーローです」とスティーブさんは誇る。

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